
どんな話?
広告代理店である「三晃社」で働くAさん。昭和38年ごろ入社し、昭和48年7月20日に退職しました。会社は退職金規定に基づいて64万8千円を支給しています。
ところがAさんは退職すると同時に別の広告代理店に誘われて、同年8月9日に正式入社しました。三晃社では退職金規定で、同業他社に転職する場合は会社の承諾を得るとともに、退職金を半額にすることになっていて、Aさんの入社当時、誓約書も提出していました。
会社はAさんに対し、「承諾も得ず、同業他社に転職したのだから、退職金の半額を返せ!」とAさんを提訴しました。
争点
就業規則に定められた退職金が賃金とみなされることは、小倉電話局事件でも解説しました。三晃社の場合も退職金の支給が規定で定められていますので、明らかに賃金とみなされ、会社側に支給する義務が生じると同時に全額払いや直接払いの原則に服することになります。
そこで問題になるのが、同業他社に転職したら退職金を半額にする、という規定が労働基準法第16条の「賠償予定の約定」にあたるかどうかです。
第一審では、会社の規定が労基法違反だとしてAさんが勝訴。第二審は逆に、退職金規定は公序良俗に反しない限り、会社の裁量に任されているとして、会社側が勝訴しました。Aさんはそれを不服として上告しました。
判決は?
最高裁はAさんの上告を棄却、Aさんはお金を返さなければならなくなりました。同業他社への転職を一定制限するからと言って、職業の自由等を不当に拘束しているとは認められません。したがって三晃社の退職金半額規定についても、この会社では退職金が功労報償(長い間会社のためにお疲れ様)的な性格でもあることから、合理性がないと言う事はできません。
つまりこの場合には、Aさんが制限違反の転職をしたことにより、Aさんの勤務中の功労に対する評価が減って、通常の退職金の半分の功労になったと解するのが相当で、したがって労働基準法の各条の規定には違反していることにはならない、と判じました。
いのしし社労士の解説
この判例は、同業他社への転職禁止(競業避止義務)と密接に関連しています。実際、この裁判では会社側が勝訴していますが、その後平成に入って出された下級審で、同業他社への転職禁止(競業避止義務)については、以下のような要件が示されています。
(1)あらかじめ競業禁止の合意が正当な手続を経て成立しており,それが在職中,勤務継続の前提とされていたこと。
(2)労働者が営業秘密に直接関わるなど,会社側に競業禁止以外の方法では保護することが困難な正当な利益が存在すること。
(3)事業の性質や従業員の任務の内容などに照らして,競業を禁止する期間・地域・職種などの範囲が必要かつ相当な限度を超えておらず,労働者にとって重大な制約とならないこと。
(4)競業禁止により受ける不利益に対して,相当な代償措置が取られていること。(東京リーガルマインド事件)
さらに会社に対する相当激しい背信性があったり、著しく信義に反する行為がなければ、退職金減額は認めらないという下級審判決も出されています。(中部日本広告社事件、ベニス事件)したがって同業他社の転職による退職金不支給については「懲戒解雇」と同様の厳しい基準が会社には求められていると見ていいでしょう。
会社側が同業他社への転職を禁止したり、それにより退職金の不支給を定めたりする場合には、細心の注意が求められますので、ご注意ください。
関係条文
労働基準法第3条(均等待遇)、同第16条(賠償予定の禁止)、同第23条(金品の返還)、同第24条(賃金の支払)、同第25条(非常時払)、同第89条3の2号(就業規則、退職手当の定め)、民法第90条(公序良俗)
学説など
退職金の経済的社会的性格から、賃金後払説、功労報償説、生活保障説がある。また退職金を未払賃金と解するか否かで退職金請求権の発生時期に相違が生じる。また同業他社への転職による退職金減額を、競業避止義務の問題と捉え、同業他社へ転職した従業員の退職金請求を権利の濫用とみなす説や、逆に従業員があらかじめ競業避止義務を受け入れる代わりに、会社が退職金支給を拒否したり、退職金返還請求が出来ないとすることは可能、という説もある。同様事件の判例として東京リーガルマインド事件、日本コンベンションサービス(退職金)事件中部日本広告社事件、ベニス事件などがある。
出典
「別冊ジュリスト労働判例百選第7版」





