どんな話?

三共自動車に整備工として雇われていたAさんは、昭和42年6月、点検のためクレーンでトラクターショベル車を吊り上げていたところ、ワイヤーロープが切れてAさんの頭上に落ちました。Aさんは脳挫傷などの重症を負い、入退院を繰り返したあげく、昭和45年5月退院の見込みなしと診断されました。

Aさんは、この事故は会社の不法行為(安全配慮義務違反)が原因だとして、損害賠償請求の訴えを起こしました。

争点

このクレーンは普通3トンから5トン程度のものを吊り下げても大丈夫だったのに、今回のショベル車は2トン程度でした。したがって会社側に安全配慮義務違反があったかどうかも争点の一つでした。しかしこのことについては、第一審、第二審ともに会社の非が認められました。問題は、Aさんが受けた損害賠償相当額から、労災保険や厚生年金法で将来にわたって受ける予定の障害年金の額は差し引くべきではないか、そうでなければ損害額の二重取りではないか、というのが会社側の主張です。

第一審では会社の主張は認められませんでしたが、第二審では会社の主張が認められました。そこでAさんが最高裁に上告しました。

判決は?

Aさんの主張がとおり、損害賠償額から将来にわたる年金額を差し引くことにはなりませんでした。

最高裁は、政府が労災や厚生年金で障害年金が支給されたときは、会社はその価額の限度において損害賠償責任を免れるとしましたが、それは実際に保険金を給付した場合に限られ、Aさんが会社に損害賠償を請求するときは、将来の給付額を損害賠償額から差し引く必要はないと解するのが相当であるとしました。

いのしし社労士の解説

久々に骨太な判例でした。

労災給付と損害賠償については、以前「小野運送事件」でも解説しましたが、要は、会社が原因の事故によって労働基準法(災害補償)と民法(損害賠償)の両方からお金が貰えるのは「貰いすぎではないか」というところから議論が出発しています。

将来もらうべき年金を損害賠償額から差し引いたとき生じる問題は、

(1)もし、仮にAさんがすぐに亡くなってしまったら、もらえる額が減ったりなくなったりする恐れがある、
(2)損害賠償として一度に貰うべきお金が、法律により分割を強制される、

というのがあります。

他方、差し引かなかった場合には、

(1)労災・厚生年金は政府が保証した保険なので、取りっぱぐれもなく物価スライドもある、
(2)年金と損害賠償の二重取りとなり、会社が保険に入る理由が損なわれる、

などが言われています。

今は労災保険の前払一時金を受けることが出来る場合に限り、損害賠償の猶予や免責の規定がありますが、それでも前払一時金の最高限度額を超える分については、なお会社側の二重負担になります。実際に会社が取るべきリスク対策としては、損害賠償責任保険の加入など民間損保による補てんを想定すべきであろうと思われますが、その前に日常の機械機器の点検など、事故防止の努力を怠らないことが、まず求められます。

関係条文

民法第717条(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)、労働基準法第84条第2項(他の法律との関係)、労働者災害補償保険法第12条の4(第三者行為による災害)、同第64条(損害賠償との調整に関する暫定措置)厚生年金保険法第40条(損害賠償請求権)

学説など

年金の将来支給分を現在価額の一時金に換算して、これを控除することを認めるかどうかに関して、非控除説と控除説があった。本判例により、最高裁は非控除説を採ったとされているが、寒川・森島事件(最高裁H5.3.24)により、控除の範囲が若干拡大した判例変更がされたと考えられている。

出典

 「別冊ジュリスト労働判例百選第7版」