どんな話?

高知放送でアナウンサーとして働くAさん。

Aさんは朝6時のラジオニュースを担当していました。ところが2月23日と3月8日の2回、寝過ごしたために、定時ニュースを放送できないという事態を生じさせてしまいました。しかも2回目の事故については、上司に報告をせず、このことを1週間目に知った上司から求められた事故報告書に、事実と異なる記載をしてしまいました。

会社はAさんの行為は就業規則などから懲戒に値するとしながらも、将来のことを考慮して普通解雇としました。Aさんは、確かに放送事故という取り返しのつかないことをしてしまったが、それでも解雇はひどすぎる、として裁判を起こしました。

争点

従業員を解雇するためには、「客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められ」なければなりません。Aさんの行為が解雇に値するほどのものだったのか、またそれまでのAさんの勤務状態などを総合的に判断し、第一審、第二審ともにAさんが勝訴しました。

これを不服とした会社側が最高裁に上告しました。

判決は?

Aさんの行為は懲戒解雇ではなく、普通解雇にはあたります。会社の信用を落とし、同じ事を2回も繰り返すなどアナウンサーとしての責任感に欠け、しかも2回目の事故の時は素直に謝らなかったなど、Aさんにも非はあります。その上で、Aさんの情状や会社側の対応などが以下のとおり認められます。

(1)Aさんはわざと寝過ごしたわけではなく、悪意や故意はなかったこと
(2)本来は、アナウンサーより先にファックス担当者が起きて、アナウンサーを起こすことになっていたものが、2回ともファックス担当者も寝過ごしていたこと
(3)Aさんは2月の事故についてはすぐに謝罪したし、3月の事故についても、スタジオ入りを急ぐべく努力し、結局は放送の空白時間は短かったこと
(4)会社側もアナウンサーの寝過ごしなどを想定した対応をとっていなかったこと
(5)事故報告書についても、1階通路ドアの開閉状況にAさんの誤解があったこと
(6)短期間に2回の事故を起こし、報告にAさんの気後れがあったこと
(7)Aさんは今までに放送事故がなく、平素の勤務成績も特段悪くないこと
(8)過去の放送事故では、Aさんのように解雇された事例がなかったこと
(9)3月の事故も結局は自分が悪かったと、Aさんが謝ったこと
などの事情から、Aさんを解雇することはいささか苛酷にすぎるし、合理性を満たすというには少し物足りず、社会的にもどうかと思われる余地があります。

したがって会社がAさんを解雇すると決めたのは、解雇権の濫用だとして会社の上告を棄却。Aさんの勝訴が確定しました。

いのしし社労士の解説

この判例の大事なところは、懲戒解雇ではなく普通解雇の場合であっても、事故の状況やAさんの通常の勤務状況などを詳細に認定して、解雇の是非を判断したところにあります。

放送事故という重大なミスを犯したアナウンサーに対してであっても、最高裁は解雇についてはかなり厳格に事実関係を認定して是非判断をすることが見て取れます。解雇の基準については、法律ではなく今までに積み重ねられてきた判例法理にゆだねられています。それは労働契約法(旧労働基準法第18条の2)ができた後でもなお有効です。

この「解雇権濫用法理」と言われる考え方は、解雇のみならず、内定、試用期間、有期雇用、休職、配置転換、就業規則の一方的変更など、広範囲に影響を与えています。改めて記述しますが、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認することができなければ、権利の濫用として無効」という文言の重みは、一度人を雇えば簡単に解雇ができないことを改めて認識させられます。

なお(5)のドアの記述については、ネットなどで判決原文を探しましたが見つかりませんでした。これが情状のひとつとなっていることから、不可抗力なども遅刻の大きな理由になっているのかも知れません。

関係条文

民法第627条(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)、同第628条(やむを得ない事由による雇用の解除)、労働基準法第3条(均等待遇)、同第19条(解雇制限)、同第20条(解雇の予告)、同第89条第3号(就業規則の作成及び届出の義務)、同第104条第2項(監督機関に対する申告)、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律第9条各項(婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止等)、労働組合法第7条第1項、同第3項(不当労働行為)、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律第10条、同第16条(不利益取扱いの禁止)、

学説など

解雇権濫用法理は個別労働契約法理の軸となるものであり、採用内定後の内定拒否、試用期間後の本採用拒否、有期契約の更新拒否に影響を及ぼしている。また判例法理による雇用の重視は、逆に使用者側の人事労務管理権限を強める方向にも進み、配置転換命令、時間外労務命令、休職期間満了後の職場復帰にも関連している。さらに変更解約告知による労働条件変更の制限や、就業規則の一方的変更解雇の正当化にも役割を果たしている。定年制という究極の解雇についても、解雇権濫用法理の反対法理として息づいている。

なお解雇に関する主な判例は、日本食塩製造事件、東洋酸素事件、ナショナル・ウエストミンスター事件など。

出典

 「別冊ジュリスト労働判例百選第7版」