質問:予防接種の強制はできますか?

質問者質問者

新型コロナウイルス感染症やインフルエンザについて、会社内の蔓延防止や顧客への感染予防の観点から、予防接種を強制したいと考えています。そして予防接種を受けない社員には懲戒解雇を含めた懲戒処分も検討しています。
就業規則でその旨記載すれば、社員に接種強制することは可能でしょうか。

回答

いのしし社労士いのしし社労士

結論から言うと、強制は難しいと考えます。

予防接種については「予防接種法」という法律によって定められています。同法で、予防接種を定期的に受ける必要がある病気などの類型を以下のように定めています。

 A類疾病B類疾病
定期接種B型肝炎、ロタウイルス、小児肺炎球菌感染症、5種(ジフテリア、百日せき、破傷風、ポリオ)混合、結核、麻疹、風疹、水ぼうそう、日本脳炎、HPV感染症(子宮頸がんなど)季節性インフルエンザ、新型コロナ、成人肺炎球菌感染症、帯状疱疹
臨時接種緊急に感染症のまん延を予防する必要があると認めるときに、都道府県または市町村が実施主体となって行う臨時の接種。

予防接種法の第9条では「(A類疾病の定期接種と臨時接種の)対象者は予防接種を受けるよう努めなければならない」、「保護者は、対象者に予防接種を受けさせるため必要な措置を講ずるよう努めなければならない」とされていて、努力義務ではあるものの国としても強制はせず勧奨しているだけです。

というのは、やはり予防接種には副反応や健康被害も起こり得るため、強制にはなじまないためです。ただ臨時接種については、全額公費負担で自己負担がなく、副反応による健康被害については、予防接種法第15条により救済が受けられるので、やや強制っぽく感じるところはあるかもしれません。

一方、B類疾病については、努力義務すらありません。全くの任意接種となります。令和5年度までは新型コロナが特例臨時接種とされていましたが、今はB類の定期接種となっていますので、受けるかどうかは任意であって強制ではありません。

以上、予防接種法では接種義務は努力義務でしかなく、会社で就業規則等で接種強制ができるのか、ですが、懲戒解雇は困難として、

①接種のリスクやメリットについて医科学的に一定程度解明されているか
②接種に、一定程度の公共的価値があるか
③接種を必要とする業種と就いている職種の性質
④心身の侵襲の程度
⑤企業の持続可能性の確保の度合い

の5項目に照らして判断すべきとの意見があり、また、

①予防接種の業務命令(強制)は権利濫用として違法、説得行為もパワハラとみなされる恐れあり、②ワクチン未接種によって労務受領拒否は場合によっては適法とみなされる可能性はある、③同じく担当業務からの配置転換も適法とみなされる場合がある、などとした見解がありました。

(日本産業保健法学会 三柴丈典(近畿大学法学部教授)、吉田肇(弁護士法人天満法律事務所、弁護士、元京都大学客員教授)、鈴木悠太(弁護士法人天満法律事務所、弁護士)https://jaohl.jp/q15/

いずれにしても、単に適法というだけではなく、医療や介護現場のように感染リスクが高い職場において予防接種を間接的に強制することに、労働者の不利益の度合いと比較して、業務上の必要性や高い合理性が認められる場合のみ、ということには注意が必要です。

またここまでの半強制的なやり方ではなくとも、会社で接種費用を負担することや、接種時間を労働時間としてカウントしたり、従業員に対しての感染症予防研修を実施するなど、社内における接種の推奨制度を設けることもアイデアの一つでしょう。

ただし、こうした推奨制度が、義務化や半強制に繋がらないよう、慎重な対応も必要ですし、こうした制度を行うためには、労働者との協議を重ね、きちんと就業規則等に記載し、労働者に周知して初めて効力が得られることは言うまでもありません。