どんな話?

当時、福島県教職員組合は「勤務評定」という、成績評価の仕組みを導入する方針に反対していました。そこで、昭和33年9月5日から15日までの間に、いわゆるストライキを実施。ところがその9月分の給料や12月の勤勉手当が満額支払われたために「給料のもらい過ぎ」の状態となってしまいました。

そこで、県当局は、ストライキの参加者に「もらい過ぎの分を昭和34年1月15日から20日までの間に返してください。もし返さなかったら、2,3月分の給料から返還分を差引きます」と通告。ストライキの参加者が返さなかったので、県当局は通告どおり給料からもらい過ぎの分を差し引きました。

彼らは給料から差引いたことが、労働基準法の全額払いの原則に反するとして、裁判を起こしました。

争点

労働基準法第24条第1項は、賃金を全額支払うことが定められています。その規定を厳しく解釈して、法令や労使協定以外では差し引きを許さない考えと、事務手続き上やむを得ない場合は、差し引きを認める考えがあります。

第一審は9月分の払い過ぎについては、払い過ぎた時から差し引いた時までに時間がかかり過ぎているとして違法。12月の勤勉手当については、逆に適法であるとしました。ストライキの参加者、県当局ともに控訴。第二審も同じ判決を言い渡したため、ストライキの参加者が最高裁に上告しました。

判決は?

賃金の払い過ぎなどで精算や調整をするために、賃金から差し引きできるということは、事務処理上、合理的だし、そもそももらうべきでない賃金なのだから、実質的に全額払いの原則は崩れていないとみるべきです。

(1)差し引く時期や方法、金額などが労働者の経済生活の安定をおびやかす恐れがないこと
(2)払い過ぎの起こった時期と賃金の精算調整の時期がある程度合理的に接着した時期であること
(3)あらかじめ労働者に予告しておくこと

を条件に相殺を認め、上告が棄却されました。

いのしし社労士の解説

そもそも民間企業のほとんどは、20日締めの25日払いなど、賃金は全額後払いですから、賃金の払い過ぎについては、計算間違いなど以外にはほぼ発生しません。しかし公務員など一部の業界では、給料の締め日という考えがなく、例えば1日から月末までの賃金を21日に支給するなどの慣行が定着しています。そうした場合、支給日以降に賃金を減額しなければならないことが生じた場合には、必ず過払いが発生してしまいます。

この判例は、こうした時には、あまり大きな金額でなければ、予告して差引いてもよいと判断しています。事前に労使でストライキで発生した過払い賃金の処理方法を決めておくとか、そもそももらうべきでないお金なのですから、返還請求をすれば済む話でもありますが、人事労務担当者からすれば、ノーワークノーペイの原則もあることだし、賃金から差引くことができるというのは、事務処理上からもやむを得ないのではないでしょうか。

関係条文

労働基準法第24条第1項(賃金の支払い)、民法第624条(報酬の支払時期)

学説など

こうした相殺は「控除」とみる必要はないとする見解や、時期的な関係を度外視して認める見解がある一方、労使協定による例外措置や不当利得返還請求権の行使という手段がある以上、全額払いの原則は崩すべきではないという学説も多い。

出典

「別冊ジュリスト労働判例百選」